一通の手紙【プロローグ】【02節】
2008年4月、私は都内の某個別指導塾で塾講師として働き始めました。
そもそも、私が塾講師を務めるにあたり、
個別指導塾を選んだのには、理由がありました。
これはあくまで、私が塾講師になる前の考えですが、
生徒の印象に残る授業をするには、次の2点が特に重要であろうと考えていました。
- 先生側:生徒一人ひとりの個性や特性に基づいて、その生徒のための「特製」の授業を行うこと。
- 生徒側:自分のための「特製」の授業を集中して受講できる環境であること。
これらの条件が満たせるのは、完全個別指導(生徒一人に対し先生一人がついて授業を行う形式)の塾しかないと考え、そのような授業スタイルを採用している塾で働くことに決めました。
こうした環境で、生徒の印象に残るような授業が出来れば、生徒としても、授業で覚えるべきことが授業中の印象として頭に残り、勉強が格段に楽しくなるはず、というのが私の考えでした。
こうして始まった私の「塾の先生」ですが、
この仕事は私の予想通りとてもおもしろく、刺激的なものでした。
特に「生徒の印象に残す授業」を目指していた私にとって幸運だったのは、
私が受験生を担当する機会がそれほど多くはなかったことです。
受験に向けて時間に追われて授業を進めるというよりも、
比較的授業カリキュラムに余裕があり、授業の内容を生徒にじっくり説明し
理解してもらうことを目的に授業を進められる機会が多かったため、
自分の中で長年温め続けていた教え方・授業スタイルで授業を進めることが
比較的容易だったことです。
私が塾講師を務めた間に担当した生徒は様々でした。
男の子、女の子。勉強が苦手で両親にいやいや連れてこられている子。
比較的勉強は得意で、もっと勉強が得意になりたいという意欲のある子。
おとなしくて、授業中ほとんど何もしゃべらない子。
先生に授業をさせないくらい雑談の多い子。
いろいろな生徒がいましたが、私が授業を進める上で常に意識していたことは
二つでした。
一つは、一回一回の授業内容をいかに生徒の「印象」に残すか、ということ。
もう一つは「勉強は楽しい」と感じてもらうこと。
今までわからなかったことがわかるというのは、刺激的で楽しいことです。
それを一人でも多くの生徒に感じてもらい、できることならば、勉強を嫌いにならず、
少しでも好きになってもらいたい。
常にそんな思いを持って授業を進めていました。
私が塾講師を辞めることになった際、当時担当していたある生徒のお母様が、
わざわざ塾の教室にご挨拶に来られました。
その生徒は、小学2~3年の約2年間、
算数でいうと掛け算の九九から分数の足し算まで私が教えた生徒でした。
直接お母様にお会いして挨拶させて頂きましたが、
さらに連絡帳に、お母様直筆のお手紙が入っていました。
○○先生(私の名前)
本日で最後の授業となります。
○○(お子様の名前)はマイペースで手のかかる生徒だったと思います。
が、勉強は楽しいものだということを教わりました。
ありがとうございました。後ほど、ご挨拶に伺います。
平成二十二年一月三十日 ○○○○(お母様の名前)
授業中に何も知らずに連絡帳を開き、この手紙を読んだとき、
思わず目頭が熱くなりました。
その生徒にとって私がどれほど印象に残る授業ができていたかどうかを、
直接知ることはできません。
しかし、一回一回の授業の中でその生徒が受けた印象が、
ご家庭での子供さんとお母様の会話を通してお母様にも伝わり、
きっとこのようなお手紙を頂けたのだと思います。
自分が生徒に一番伝えたかったことが、伝えられていたのだとわかった瞬間、
自分の授業方針は間違っていなかったのだといううれしさと同時に、
その生徒が塾の勉強を通して得た経験を、他の多くの生徒にも経験して欲しいという
想いがこみ上げてきました。
勉強とは本来楽しいものです。
人間にとって、今まで知らなかったこと、わからなかったことを知るということは、
楽しく刺激的なことなのです。
(そうでなければ、インターネットはここまで爆発的に普及していないでしょう。)
それは、勉強が得意な子も不得意な子も同じです。
授業では、
「今まで知らなかったこと、わからなかったことを知るということは、
楽しく刺激的なことなのだ」
ということを伝えることが、なにより大切なのだと思います。
塾や学校で先生をされている方には、子供には勉強ができるようになってほしいと
思うと同時に、私と同じように「勉強は楽しいものだと感じてほしい」と思われている
方は多いのではないでしょうか。
しかし、得てして「記憶」に残す勉強は子供にとってつまらなくなりがちです。
同じ漢字をノートに繰り返し書いたり、同じ文章を毎日音読したり
といった「作業」が必要になる傾向があるからです。
もちろん、そうした「修行」のような勉強が必要なこともあります。
しかし、他の方法で、楽しく、生徒の記憶に残す方法もあります。
それが「印象」に残すということです。
「勉強は楽しいものだ」といことを子供たちに伝えたい
そんな思いを持たれている塾の先生、学校の先生、子供をお持ちの保護者の方々に
とって、少しでもお役に立てれば、これほどうれしいことはありません。
さっそく明日から、子供の「印象」に残す勉強を始めましょう!
そして、子供たちに「勉強って楽しい」と感じてもらいましょう!
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